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礼拝Worship

  メッセージ > 先週までの礼拝 > 2017年4月16日

先週の礼拝

主日礼拝(イースター)
4月16日(日) 午前10時30分より
説 教:「あの方は復活なさったのだ」
聖 書:ルカによる福音書24章1-12節
説教者:小野慈美牧師

1)主イエスの復活とは、何でないのか
①主イエスの復活は、単なる生き返りではない。
福音書の中に死者の生き返りが三例ありますが、彼らは再び死に、もはや生き返りませんでした。
②主イエスの復活は、主の思い出が弟子たちの心の中に生き続けたということではない。
単なる思い出であれば、それが残るのは、せいぜい二世代でしょう。復活信仰は今も生きています。
2)主イエスの復活とは何であるのか
仮に、客観的に証明できたとしても、復活が何であるのかはやはり信ずべきことです。しかし、やみくもに信じるのではありません。「からの墓」という事実をどうとらえるかということです。
女性たちが、朝早くイエスの墓に行きましたが、「中に入っても、主イエスの遺体が見当たらなかった。そのため途方にくれ」ました(3-4)。誰かが遺体をどこかへ運んだと判断したからです。
そのとき、二人の人(み使い)が現れて言いました。「あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。人の子は必ず、罪人の手に渡され、十字架につけられ、三日目に復活することになっている、と言われたではないか」(6)。
彼女たちは、かつて語られた主イエスの言葉を思い出しました。「彼らは人の子を、鞭打ってから殺す。そして、人の子は三日目に復活する」(ルカ18:32-33)。弟子たちは「たわごと」と一蹴しました。
「あの方は復活なさったのだ」というメッセージは、主があなたの現実の中に生きてくださっているということです。それが「たわごと」のように思われることがあるかもしれません。
3)わたしたちが自分の人生で「からの墓」のような現実に出会ったとき、二つの道があります。
①遺体がどこかに運ばれた という方向で探すのか
②あの方は復活なさったのだ という真理に気づかせていただけるのか
わたしたちは愚かですから、しばしば遺体を探すような探し方をして、真理などない、神などいないと思ってしまいがちです。そのわたしたちを、真理自らが捜しに来てくださり、出会ってくださるのです。それが復活を信じるということであり、信仰を持つということです。

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前   奏   - 聖なるキリストは復活した - J.S.バッハ
招   詞   コリントの信徒への手紙Ⅰ 第15章3-5節
賛   美   21-327 すべての民よ、よろこべ
主の祈り
交 読 文   交読詩編 第67編
賛   美   - 勝利の声を(主の復活ハレルヤ) -   聖 歌 隊
教会の信仰告白
分かち合い   
賛   美   21-318(2,3,4節) 勝利の声を
聖   書   ルカによる福音書 第24章1-12節   (新共同訳新約 159頁)
祈   祷   
黙   想    
説   教   「あの方は復活なさったのだ」       小野 慈美 牧師
祈   祷
賛   美   (54年版)496 うるわしの白百合
献   金 
感謝祈祷
賛   美   21-325 キリスト・イェスは
祝   祷                        小野 慈美 牧師
後   奏

礼拝堂正面のイエス様Soshin Baptist Church捜真バプテスト教会

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