9月15日(日)10時30分より
メッセージ:「心の内にキリストを」
聖書:エフェソの信徒への手紙3章16-21節
説教者:小野慈美牧師
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<問い>
夫に先立たれてから教会に来た女性が尋ねました。「夫はクリスチャンではありませんでした。私がクリスチャンになって死んだ場合夫に会えないのでしょうか。そうだとしたら、洗礼を受けないままでいたい」。この問いにどう答えたらよいでしょう。ヨハネ3:18は宣言します。「御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じていないからである」。「信じない者」は裁かれて地獄に行くということなのでしょうか?
<信じないとは>
そもそも「信じる」「信じない」は、信じる内容や対象が示されて初めて可能となります。したがって「信じない」とは、信じる内容を知りつつ意識的に拒否すること、あるいは信じた後に否定することであって、最初から何も「知らない」のとは全く異なります。ですから御子を「信じない者」とは、イエス・キリストを示された上で、意識的に拒否する者のことです。イエス・キリストを信仰の対象として示されていない人は、単に「知らない」のであって、「信じない」のではありません。パウロもこう言っています。「信じたことのない方を、どうして呼び求められよう。聞いたことのない方を、どうして信じられよう」(ローマ10:14)。
イエス・キリストに出会う機会がないまま一生を終える人たちを、神様がどう取り扱われるのかは分かりません。もちろん神様は正しいお方で人間の罪をいい加減にはなさらない。だからこそ独り子イエスを十字架につけたのです。しかし同時に神様は恵み深く、何とか人間を救おうとなさるお方です。そもそも、私たちが救われるのは良い行いによるのではなく神様の一方的な恵みによります。私たちはその恵みに出会い信じただけです。だとすると、たまたま、その恵みを知らないでいる人に恵みが閉ざされてしまうと言えるでしょうか。
<ヨハネ3:18は三種類の人間がいることを示している>
①イエス・キリストに出会って信じた人々
②イエス・キリストに出会って意識的に信じなかった人々(当時のファリサイ人、律法学者)
「あなたがたはわたしを見ているのに、信じない。」(ヨハネ6:36)
③イエス・キリストに出会っていない人々(「信じない」のではなく、「知らない」人々)
※ヨハネ3:18は③の人々については何も言っていないのです。福音を知らずに死んだ者、聞いても歪められて伝えられたために拒絶した者、あるいは信じる途上にあった者に対しては、神様は救いについて他の方法を持っておられるのかもしれません 。
<信仰を持って生きることの幸い>
神を信じるとは、神が私をお造りになったことを信じ私の存在に意味があることを信じることです。裏返せば、神を信じないなら、私は偶然に存在しているのであり私の存在に意味はないということになります。では、神を信じないとき人は何を目的に生きるのでしょうか。それは、身体的・精神的・社会的「快適さ」だと思います。これらを求めることが悪いのではありません。ただし、「快適さ」だけが生きる目的になると、快適さを失うと不幸になってしまうのです。快適さを失っても奪われないものを知っていることが、信仰者の幸いです。
<内住のキリスト>
16御父が・・・あなたがたの内なる人を強めてくださいますように 17キリストがあなたがたの心の内に住んでくださいますように(エフェソ3:16-17聖書協会共同訳)。これは祈りですが、既に実現した約束を信じてほしいという祈りです。幸いと思えないことが起こったとしても神様が私を見捨たのではない。むしろ、そのようなときこそ、人となった神であるイエス・キリストは、私たちの痛みや苦しみを知ってくださり、私たちの内に住み生きる力を与えてくださる。神の愛にふさわしくないと思える自分も十字架によって罪赦され、キリストが内側から作り変えてくださるのです。このことを知って生き、死を迎える。これこそが、「快適さ」が十分に満たされなくなっても奪われることのない幸いです。
前 奏 - 慰め - F. リスト
招 詞 詩編104編33-34(下記)
賛 美 讃美歌21-492(1,3,4,5) み神をたたえる心こそは
主の祈り
聖 書 エフェソの信徒への手紙3章16-21節(新約p.355)
祈 祷
黙 想
説 教 「心の内にキリストを」 小野慈美牧師
祈 祷
賛 美 讃美歌21-430 とびらの外に
献 金
感謝祈祷
賛 美 2024年主題賛美歌 作曲:小室尚子
祝 祷 小野慈美牧師
後 奏
分かち合い
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33 命ある限り、わたしは主に向かって歌い/
長らえる限り、わたしの神にほめ歌をうたおう。
34 どうか、わたしの歌が御心にかなうように。
わたしは主によって喜び祝う。(詩編104:33:34)
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