12月22日(日)10時30分より
クリスマス礼拝
メッセージ:「飼い葉桶から十字架へ」
聖書:ヨハネの手紙一4章9-11節
説教者:小野慈美牧師
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主イエスの誕生と十字架は切り離せません。讃美歌21-280は、日本人が作った賛美歌で、主イエスの生涯の意味を端的に歌っています。
1馬槽の中にうぶごえあげ、木工の家に人となりて、貧しき憂い生くる悩み、つぶさになめしこの人を見よ。父ヨセフが早く死んだと考えられ、長男のイエスは一家の大黒柱として働いたので、普通の人々、特に、貧しい人々の生活をよく知っておられました。
2食する暇もうち忘れて、虐げられし人を訪ね、友なき者の友となりて、心くだきしこの人を見よ。「友なき者」の一人がザアカイです。イエスが自分の町に来るという噂を聞き一目見たいと、恥を忍んで、いちじく桑の木に登りました。イエスは罪人であるザアカイの心の叫びを聞き取り、彼の家に宿を取ったのです。それは、当時の宗教的指導者の反発を招きました。
また、姦淫の現場をとらえられた女(ヨハネ8章)も「友なき者」でした。人々は、「この女を石打ちに刑にすべきか否か」と主イエスに詰め寄ります。主は彼女と同じ立場に身を置くようにして、しゃがんで地面に何かを書いていました。そして「あなたがたの中で、罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」(ヨハネ8:7)と言われました。人々はその場を去ったのですが、これが、彼らの怒りを招き、やがてイエスを十字架に付けるための一つの要因となったのです。
3すべてのものを与えし末、死のほか何も報いられで、十字架の上にあげられつつ、敵をゆるししこの人を見よ。主イエスは、十字架上で、敵である当時のユダヤ教指導者たちのために祈られました。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」(ルカ23:34)。また、主イエスを三度まで否定して主イエスの敵となったペテロのためでもありました。
4この人を見よ、この人にぞこよなき愛は現れたる、この人を見よ、この人こそ人となりたる活ける神なれ。神の子は、十字架で死ぬためにお生まれになりました。そして、父なる神は、ある意味では、十字架上の独り子を見捨てたのです。それは、ザアカイを、姦淫の女を、ペテロを見捨てないためでした。
<心の一隅>
森有正という哲学者が、著書の「土の器に」の中で、このように書いています。
「人間というものは、どうしても人に知らせることのできない心の一隅を持っております。醜い考えがありますし、また秘密の考えがあります。またひそかな欲望がありますし、恥がありますし、どうも他人に知らせることのできないある心の一隅というものがあり、・・・そこでしか神様にお眼にかかる場所は人間にはない。・・・人にも言えず親にも言えず、先生にも言えず、自分だけで悩んでいる、また恥じている、そこでしか人間は神様に会うことはできない。」
私たちの人生にも、心の一隅があり、黒い塊のように残っている後悔の念が一つや二つあるものです。誰かを裏切った、ひどく傷つけた。しかし、今からではどうすることもできない。
中には、自分と神様しか知らないけれど悔やまれてならないこともある。今さら償いもできないが、自分のしたことは厳然として残る。私たちが悩むのは、人間はごまかせても神様はごまかせないということを知っているからです。だから、私たちは、黒い塊を持ったまま、神様に会わざるを得ない。そのとき、神様はどんな顔をなさるのでしょうか。
9 神は、独り子を世にお遣わしになりました。・・・10 わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして御子をお遣わしになりました。ここに愛があります(Ⅰヨハネ4:9-10)。「私はあなたの罪を赦すために、十字架についた。罪の事実が消えるわけではない。しかし、その重荷を抱え続けなくてもよい。わたしの十字架の故に、その罪を赦す。だから、あなたは、新しく生き始めて良いのだ」。十字架の主は、飼い葉桶の幼子です。クリスマスの華やかな気分は、やがて消えていきます。しかし、飼い葉桶の幼子、十字架の主イエスの愛は消えません。そして誰も奪い取ることはできません。
前 奏 -とこしえの光 暗き世を照らし- Satkz
招 詞 イザヤ書7章14節(下記)
賛 美 讃美歌21-247(1,3,4) 今こそ声あげ
主の祈り
賛 美 - 万軍の主なる - (サンサーンス) 聖歌隊
聖 書 ヨハネの手紙一4章9-11節 (新約p.445)
祈 祷
賛 美 讃美歌21-256(1,3,6) まぶねのかたえに
黙 想
説 教 「飼い葉桶から十字架へ」 小野慈美牧師
祈 祷
賛 美 讃美歌21-280 馬槽のなかに
献 金
感謝祈祷
賛 美 讃美歌21-262(1,3) 聞け、天使の歌
祝 祷 小野慈美牧師
後 奏
分かち合い
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それゆえ、わたしの主が御自ら/あなたたちにしるしを与えられる。
見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み/その名をインマヌエルと
呼ぶ。 (イザヤ7:14)
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