3月9日(日)10時30分より
受難節第一主日礼拝
メッセージ:「心の清い人々は、幸いである」
聖書:マタイによる福音書5章8節
説教者:浅輪一郎伝道師
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心の清い人々が神様を見るとはどういうことなのか?ということについて導きを求めます。
【心】5章3節で語られている「心」はプニューマであって、神様の息、神様の想い、風、聖霊とのように神様に由来するものです。一方で、この箇所で語られている「心」は、カルディアであって、人間に委ねられているもの、人間が持つ心、人間が持つ器、と言えます。
【清い】旧約聖書においては、「清い」/「清さ」を維持するために様々な儀式や決まりが記されています。一方で、新約聖書のマタイによる福音書においては対照的な在り方でこの言葉が用いられています。①23:25:イエス様は律法学者やファリサイ派の人々を非難します。何故なら彼らは祭儀の際に用いる杯や皿の外側はきれいにするにも関わらず、「内側は強欲と放縦で満ちているからだ」とイエス様は仰います。そして次節でイエス様は、「ものの見えないファリサイ派の人々。まず杯の内側をきれいにせよ。そうすれば、外側もきれいになる。」とも仰います。ここでこの「きれい」と訳されている言葉が、原語では「清い」と同じ言葉となります。②27:59:イエス様が十字架の上で亡くなられ墓に葬られる場面です。「ヨセフはイエス様の遺体を受け取ると、きれいな亜麻布に包み」とあります。このことは、イエス様の死が悲惨で目を背けたくなる出来事として終わるのではなく、「清くきれいなものである」または「これからこの死を通して新しいことが始まる」と暗示しているかのようです。
【見る】 23:26においてイエス様は本質が分かっていないことを「ものが見えない」と形容しておられます。因みに、この律法学者やファリサイ派に関連しては興味深い記事があります。12:38からの記事です。彼らがイエス様と論争をしても勝てそうにないので、彼らはイエス様に対して次のように尋ねます。「先生、しるしを見せて下さい。」するとイエス様はたとえを用いてお話をされます。しかし、結局何のことなのか分からないので、今度は弟子たちがイエス様に尋ねます。「なぜ、あの人たちにはたとえを用いてお話しになるのですか?」そしてこの返答が13:11-17となります。イエス様は「あの人たちには天の国の秘密を悟ることが許されていないからだ」とお答えになった後、このように言われます。「イザヤの預言は、彼らによって実現した。『あなたたちは聞くには聞くが、決して理解せず、見るには見るが、決して認めない。この民の心は鈍り、耳は遠くなり、目は閉じてしまった。 こうして、彼らは目で見ることなく、耳で聞くことなく、心で理解せず、悔い改めない。わたしは彼らをいやさない。』しかし、あなたがたの目は見ているから幸いだ。あなたがたの耳は聞いているから幸いだ。」(マタイ13:14-16)
【結語】 「心」とは、私たちの心、/私たちの器であります。「清い」とは、私たちの器の内側においてその清さで満たされるべきものであります。しかもその清さとは、私たちの清さというよりは、「イエス様の死が何よりも清いものである」ということであります。「見る」とは、物理的に見るということに留まらず、本質が分かる、つまりここでは「イエス様がどういうお方なのか?」ということが分かるということであります。そうしますと、「心の清い人々は幸いである。その人たちは神を見る」とは「心の内側がイエス様で満たされている人が神様を見る」/「心の内側においてイエス様がどういうお方なのかということを求め続ける人が神様を見る」ということになるのでしょう。しかし、だからこそ私たちには礼拝が必要になります。今日も、来週も、そしてこれからも私たちは、目で見て、耳で聞いて、そして心で理解することを礼拝を通して求め続けるのです。
前 奏 - 愛するイェス - J.ブラームス
招 詞 詩編16編8-9節(下記)
賛 美 讃美歌21-12(1,3,4) とうときわが神よ
主の祈り
聖 書 マタイによる福音書5章8節 (新約p.6)
祈 祷
賛 美 主は今生きておられる
黙 想
説 教 「心の清い人々は、幸いである」 浅輪一郎伝道師
祈 祷
賛 美 讃美歌21-461 みめぐみゆたけき
献 金
感謝祈祷
賛 美 讃美歌21-27 父・子・聖霊の
祝 祷 小野慈美牧師
後 奏
分かち合い
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8わたしは絶えず主に相対しています。
主は右にいまし わたしは揺らぐことがありません。
9わたしの心は喜び、魂は躍ります。
からだは安心して憩います。(詩16:8-9)
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