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横浜駅近く、丘の上にある教会。捜真バプテスト教会です。

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礼拝Worship

  メッセージ > 先週までの礼拝 > 2026年2月22日

先週の礼拝

2月22日(日)10時30分~11時30分
受難節第一主日礼拝
メッセージ:「私のために苦しみを受け」
聖書:イザヤ書53章4-5節
説教者:小野慈美牧師

※どなたでも視聴できます。

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「私のために苦しみを受け」イザヤ53:4-5
 「使徒信条」を少しずつ取り上げています。1月25日の説教は「ポンテオピラトのもとに苦しみを受け」でした。きょうは、その続きですが、「苦しみを受け」の部分を改めて取り上げ、「私のために」という言葉をつけた説教題にしました。
 2000年前のイエスの死は、他の歴史上の人物たちと同様、一人の死でしかありません。しかし、イエスの十字架は、その死の持つ意味が重要なのです。その死が、2000年という時の隔たりを超えて、今、生きている私と大いに関係があるのです。それが、「私のために苦しみを受け」という説教題の意図するところです。
<犯罪と罪>
 法治国家では、法を犯せば、罪に問われます。他の国では法律に触れないことでも、日本では法律に触れることもある。つまり、同じことをしても犯罪となったりならなかったりする。つまり、犯罪とは、国家が決めた法律に反することであって、法律が変われば、犯罪とされるかどうかも変わる。また、露見しなければ、裁かれずに済む。一方、罪とは、神との関係が損なわれること。神の悲しまれる言動や心にいだく思いです。その根本は自己中心性です。神は愛のお方ですが、罪に対して厳しく恐ろしいお方です。もし神が罪を放置し、人間が堕落し、滅びるに任せるとしたら、それは神が人間を見捨てることであり、もっと恐ろしいことです。神はわたしたちが立ち返ることを願っておられます。神の厳しさは愛の裏返しであり、何とか人間を救いたいという熱い思いから出ているのです。
<預言された「私たちのための」苦しみ>
 イザヤ53:5 彼が刺し貫かれたのは/わたしたちの背きのためであり、彼が打ち砕かれたのは、わたしたちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによって、わたしたちに平和が与えられ/彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。
 これはイエスが生まれる数百年前に書かれた預言です。もちろん、イザヤ53章を書いた預言者が、主イエスの十字架を前もって知っていたわけではありません。しかし、初代教会の人たちは、この預言の中に、十字架の意味が描かれていることに気づいたのです。ペテロの手紙一2:22-24はこう記しています。22「この方は、罪を犯したことがなく、その口には偽りがなかった。」23 ののしられてもののしり返さず、苦しめられても人を脅さず、正しくお裁きになる方にお任せになりました。24 そして、十字架にかかって、自らその身にわたしたちの罪を担ってくださいました。わたしたちが、罪に対して死んで、義によって生きるようになるためです。そのお受けになった傷によって、あなたがたはいやされました。
<神と「私」の関係修復>
「義」とは、神との関係が回復され、神の前で、恐れなく立つことが許されるということです。イエスが苦しみを受けたのは、2000年前の歴史的政治的状況だけではなく、神の御計画の中で「私の罪」をご自分の体で引き受けるためでした。人間の側から、神との関係修復が不可能なとき、神の側がすべてをなさった。神が人となり人間の側に来てくださった。そして、罪なきお方が、人間が受けるべき裁きを受けてくださることによって、人間を見捨てないという決断をなさった。それが十字架です。
受難の原因は人間の罪です。その罪の中には、2000年前の人々だけではなく、私の罪も含まれています。使徒信条は過去形で告白しますが、その意味は現在に及びます。主は、かつて死んだお方ではなく、「私のために苦しみを受け」てくださった方です。

前   奏   - 愛するイェス -        ブラームス 
招   詞   詩編143編5-6節(下記)
賛   美   讃美歌21-7 ほめたたえよ、力強き主を(1,3,5)
主の祈り
賛   美   - 神はそのひとり子を -      聖歌隊
聖   書   イザヤ書53章4-5節 (旧約p.1149)
祈   祷
賛   美   讃美歌21-69 神はそのひとり子を            
黙   想 
説   教    「私のために苦しみを受け」      小野慈美牧師
祈   祷 
賛   美   讃美歌21-300 十字架のもとに
献   金  
感謝祈祷
賛   美   讃美歌21-25 父・子・聖霊に
祝   福                      小野慈美牧師
後   奏
分かち合い

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 私は過ぎ去った日々を思い起こし、あなたの行ったことを一つ一つ
 思い返し御手の業に思いを巡らします。あなたに向かって両手を広げます。
 私の魂は荒れ果てた大地のようにあなたを慕います。(聖書協会共同訳)


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