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礼拝Worship

  メッセージ > 先週までの礼拝 > 2026年6月14日

先週の礼拝

6月14日(日)10時30分~11時30分
メッセージ:「恵みの招きへの応答」
聖書:マタイによる福音書9章9節~13節
説教者:東間克美師

※どなたでも視聴できます。

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◆9節『イエスはそこをたち、通りがかりに、マタイという人が収税所に座っているのを見かけて、「わたしに従いなさい」と言われた。彼は立ち上がってイエスに従った』。
 マタイは徴税人でした。当時、ユダヤはローマ帝国の支配下にあり、ローマはユダヤ人に税を課しておりました。このローマに納税するために、ローマに雇われて税金徴収を請け負う職業、それが徴税人です。従いまして同胞ユダヤ人からは「売国奴」「ローマの手先」などと呼ばれて軽蔑され「徴税人・罪人・遊女」という範疇に括られてユダヤ教社会から疎外されていました。
◆注目したいのは、マタイは自分のことを『マタイという人が収税所に座っている』と記していることです。また『イエスは通りがかりに』とあるように彼は収税所の中ではなく外にいたように読み取れます。そのようなマタイに主イエスは声を掛けられました。『わたしに従いなさい』。マタイは『立ち上がってイエスに従った』。この「立ち上がる」という言葉には二つの意味がありまして一つは古い自分を脱ぎ捨てて新しく生きる決断、もう一つはその決断の表明として主イエスの恵みの招きに応答して主に委ね、お従いすることです。ではマタイはなぜ主イエスの招きにすぐ応答出来たのでしょうか。私が思うには、マタイは主イエスの呼びかけの中に真の命に至る道を見出した、つまり主イエスは「命の主」としてマタイを招かれた、そのように考えています。
◆さて場面は変わって会食の様子が描かれております。10節『イエスがその家で食事をしておられたときのことである。徴税人や罪人も大勢やって来て、イエスや弟子たちと同席していた』。この箇所での会食。それはユダヤ教社会から疎外されている徴税人や罪人たちが、主イエスの恵みの招きに与って、主イエスとの「命のつながり」を結んでいただく食事会となりました。主がマタイに『わたしに従いなさい』と言われた招きは、このような「神の国の祝宴」への恵みの招きでもあったのです。
◆11節『なぜ、あなたたちの先生は、徴税人や罪人と一緒に食事をするのか』。ファリサイ派の人々の非難に対して主は言われました。12節・13節後半。『医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく、病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである』。『わたしが来たのは』というのは、神から遣わされたという意味です。また『ためである』という言葉の内にメシアとしての明確な使命・目的が示されております。それは神の前に的外れな生き方をしている人々を悔い改めへと導き、赦しと救いを与えるということです。
◆ここでの『正しい人』とはファリサイ派の人々を言っていることは明白です。では彼らは本当に「正しい人」であったのでしょうか。彼らの正しさ。それは律法を遵守することに於いて示されていたかも知れません。しかし一方で、彼らは様々な要因で社会的弱者になっている人々に対して律法主義に陥り、裁き、差別し、排斥していたのです。このような意味での『正しい人』に対して『罪人』と言われているのは、まさにファリサイ派の人々から疎外されていた人々です。この『罪人』という言葉を別の表現で申し上げるならば、赦される必要を知っている人々である、そのように言えると思います。そのような人々を主イエスはメシアの食卓に招いておられます。彼らは招かれる価値があるからではなく、主イエスの一方的な恵みによって招かれているのです。
◆ファリサイ派の人々は主の恵みの招きに応答しませんでした。自分は丈夫だ、正しいと考えている人には主イエスが見えないのです。ですから主の前に謙遜になって、砕かれなければなりません。砕かれた心に「魂のいやし」という神の恵みが届けられるのです。主イエスの招きへの応答、それは「悔い改め」によって示されます。十字架と復活の主は私たちを悔い改めへと導き、そして悔い改めた人に救いと永遠の命、すなわち「神と共に生きる命」を与えてくださるのです。
◆主イエスの招き、それは上からのものではなく「下からの招き」です。徴税人ザアカイに対しても、木の上にいるザアカイに対して下から招いておられます。神の身分でありながらご自分を無にして、僕の身分になってこの世にお出でになったお方は、家畜小屋で生まれ、社会から疎外・差別されている人々と共に食事をされ、犯罪人の一人として十字架に付けられました。主イエスは「どん底」に降りて来られたのです。それは私たちを「救いのエレベーター」に乗せて、「神の国の祝宴」へと招いてくださるためです。このことこそ、「十字架の贖いによる福音」にほかなりません。


前   奏   - 今こそ私たちは聖霊に祈ります - D. ブクステフーデ
招   詞   マタイによる福音書11章28節(下記)
賛   美   讃美歌21-347 たたえよ、聖霊よ(1,3,5)[6月の歌]
主の祈り   
聖   書   マタイによる福音書9章9節-13節(新約P15)
祈   祷
賛   美   讃美歌21-433 あるがままわれを(1,3,5,6)
黙   想 
説   教   「恵みの招きへの応答」         東間克美師
祈   祷 
賛   美   讃美歌54-239 さまよう人々、たちかえりて
献   金
感謝祈祷                   
賛   美   讃美歌21-24 たたえよ、主の民
祝   福                      東間克美師
後   奏
幼児祝福式
分かち合い

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  すべて重荷を負って苦労している者は、私のもとに来なさい。
あなたがたを休ませてあげよう。   (聖書協会共同訳)

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