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横浜駅近く、丘の上にある教会。捜真バプテスト教会です。

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礼拝Worship

  メッセージ > 先週までの礼拝 > 2013年11月03日

先週の礼拝

11月03日(日) 午前10時30分より
主日礼拝・聖餐式
説 教:「祝福を生きる」
聖 書:マタイによる福音書5章43-48節
説教者:小野慈美師


「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」(44)という言葉は、理想論ではなく、現実的な勧めです。

@ 聖書の「愛」は、「好きになる」という意味ではありません。愛は、認識であり、態度です。つまり、敵対する相手も、神によって創られ愛されている存在であることを認識し、相手の存在を重んじようとする態度です。自分にとって相性の良い人だけを大事にするというのは、結局は自己愛の延長にすぎないのです(46,47)。

A 「自分を迫害する者のために祈れ」の内容は「祝福を祈る」ことです。祝福を祈るとは、「ものごとが都合よくいきますように」と祈ることではなく、その人に「神様の最善が為されますように」と祈ることです。

B 祝福を祈るためには、赦すことが必要です。それは、正義をあいまいにすることではありません。しかし、正義を求めているつもりが、内心では復讐心に支配されてしまうことがあるのです。復讐心はわたしたちの心をむしばみます。そこから解放される方法が、赦すということです。ただし、赦すとは、憎しみや怒りの感情を押さえつけることではなく、怒る権利、憎む権利を神様にお渡しすることだと言うことができます。あなたの尊い命を、憎しみや復讐心で使い果たすのは残念だ、そこから解放されて新しく生き始めて欲しい。それが主イエスの願いです。

C 「父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである」(45)。この箇所を読むときに、わたしたちは、「悪人」ではなく「善人」、「正しくない者」ではなく「正しい者」の立場に身を置きがちです。しかし、わたしたちが、ひとり神様の前に立つとき、「わたしだけは善人、正しい者です」と言える者はいません。まず自分が神様に赦され愛されていることを感謝し、他者の祝福を祈る者となりましょう。

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前   奏   − 主の招く声が − 蒔田尚昊
招   詞   コリントの信徒への手紙U 第1章4−5節
賛   美   21−386
主の祈り
交 読 文   交読詩編 第99編
賛   美   21−155
分かち合い   
賛   美   − みことばはあまねく伝わり −      聖 歌 隊
聖   書   マタイによる福音書 第5章43−48節   (新共同訳新約 8頁)
祈   祷   
黙   想   − いかに幸いな人 − 志村拓生
説   教   「祝福を生きる」             小野 慈美 師
祈   祷
賛   美   21−404
献   金 
感謝祈祷
聖 餐 式   賛 美  21−81
        聖書朗読と感謝祈祷事
        配 餐
賛   美   21−90
祝   祷                        小野 慈美 師
後   奏

礼拝堂正面のイエス様Soshin Baptist Church捜真バプテスト教会

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