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横浜駅近く、丘の上にある教会。捜真バプテスト教会です。

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礼拝Worship

  メッセージ > 先週までの礼拝 > 2021年1月3日

先週の礼拝


新年礼拝
1月3日 午前10時30分より
メッセージ:「御言葉は道の光」
聖書:詩編119編105節
説教者:小野慈美牧師

※どなたでも視聴できます。

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詩編119編は、一種のいろは歌です。ヘブル語のアルファベットの数は22。一つの文字につき8節から成る段落を作っており、それぞれの節の最初がそのアルファベットの文字で始まっています。さらに、すべての節の中に「御言葉」の同義語(掟、戒め、律法、仰せ、定め、命令、裁きなど)が使われています。技巧的であるため、内容が断片的という問題はありますが、神の言葉のすばらしさを表現したかったということが、この詩を生み出した詩人の思いであったに違いありません。
神の言葉は、非人格的な法律集のようなものではなく、生きた語りかけです。例えば、親子の信頼関係の中で、大事なときに、親が愛と存在を傾けて語る言葉を、子供も全人格で受けとめていくというようなことです。信頼の中で、語られ、聞かれる言葉。それが神の言葉。だから、私たちも聖書を読むときに、説教を聞くときに、神様が私に何を語ってくださるのだろうかという態度で聞くことが大切です。
<言葉は出来事>
ヘブライ語の「ダーバール」には、「言葉」だけでなく、「出来事」、「行為」という意味もあります。神の言葉は、語られた「言葉」ですが、語られたときにそれが同時に「出来事」でもあるのです。マリアは天使から「あなたはみごもって男の子を産む」(ルカ1:31という言葉を聞きます。それに対して「お言葉どおり、この身になりますように」(1:38)と答えます。天使が与えたのは、告知の「言葉」ですが、マリアは、その言葉が「出来事」となることを信じています。そして、その後のマリアの人生は、神の言葉は必ず成ると信じて生きた人生でした。御言葉が道の光であり、足の灯であるということが意味を持つのは、私たち自身がその言葉を信頼して歩き出すこと、信頼して身を任せていくことによるのです。
<神の言葉による保証>
40年間羊飼いの仕事をしていたモーセに、突然神からの呼びかけがありました。「今、行きなさい。わたしはあなたをファラオのもとに遣わす。わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ」(出エジプト3:10)。しり込みするモーセに与えられたのが「わたしは必ずあなたと共にいる。このことこそ、わたしがあなたを遣わすしるしである」(3:12)という言葉です。モーセは他に何の保証もなく、ただ、「わたしは必ずあなたと共にいる」という言葉だけに信頼しました。その後、神が共におられることを示す数々のしるし(奇跡)を経験するのですが、彼はまず、言葉に信頼して出発したのです。信仰とは、神の言葉そのものに信頼することです。
今年は、この世界がどのようになっていくのか、まことに不透明です。遠くまでは見通せません。けれども、御言葉の光に照らされて、その御言葉に信頼して、日々、歩みを積み重ねていきましょう。

前   奏  - 私たちはキリストをほめたたえます - J.S.バッハ
招   詞  詩編96編1-2節(下記)
賛   美  580(1,4) 新しい天と地を見たとき
主の祈り  
聖   書  詩編119編105節(旧約p.964)
祈   祷
黙   想
説   教  「御言葉は道の光」      小野 慈美 牧師
祈   祷
賛   美  55(1,3)人となりたる神のことば
献   金  (※礼拝堂への入退場時にお捧げください)
感謝祈祷
賛   美  25 父・子・聖霊に
祝   祷                 小野 慈美 牧師
後   奏 
分かち合い

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「新しい歌を主に向かって歌え。全地よ、主に向かって歌え。
主に向かって歌い、御名をたたえよ。日から日へ、御救いの良い知らせを
告げよ。」(詩編96編1-2節)


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