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横浜駅近く、丘の上にある教会。捜真バプテスト教会です。

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礼拝Worship

  メッセージ > 先週までの礼拝 > 2021年3月21日

先週の礼拝


3月21日 10時30分より
メッセージ:「とんだ災難が恵みに」
聖書:マタイによる福音書27章32-44節
説教者:小野慈美牧師

※どなたでも視聴できます。

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     <序列意識>
「兵士たちは出て行くと、シモンという名前のキレネ人に出会ったので、イエスの十字架を無理に担がせた」(32)。シモンはキレネ(今日の北アフリカのリビア)に住んでいたユダヤ人で、過越の祭りに合わせ、エルサレムに巡礼に来ていたのでしょう。
 主イエスは、前の夜は裁判にかけられ一睡もできず、鞭で打たれて弱っていました。ゴルゴタの丘に向かう途中、十字架の横木を担いきれず倒れてしまったのでしょう。シモンは、たまたま、そこを通りかかり、むりやり横木を背負わされたのです。
ゴルゴタの丘に着いて十字架をおろした後、彼はどうしたか。その場にとどまったのです。もしシモンが去っていたら、キレネ人シモンという情報を誰も知り得ませんでした。もし、他の誰かがこの出来事を伝えたとすれば、「兵士たちは通りかかった一人の男に十字架を無理に担がせた」と書かれたはずです。
マルコ15:21には「アレクサンドロとルフォスの父でシモンというキレネ人」、ローマ16:13には「主に結ばれている選ばれた者ルフォス」と書かれています。福音書が書かれた頃、教会でこれらの名前が知られていたことを意味します。シモンがキリスト者となり、息子たちもキリスト者となったのでしょう。
<とんだ災難>
シモンは、人々が十字架上の囚人をののしる言葉を聞きました(39-44)。しかし、囚人は彼らをののしり返さなかったばかりか、人々のためにとりなす祈りを聞きました。「父よ、彼らを赦したまえ」(ルカ23:34)。そして、百人隊長の「本当に、この人は神の子だった」という言葉を聞き、不思議な感動に胸を打たれたのです。
共観福音書では、十字架のそばに弟子たちはおらず、女性の弟子たちだけが遠くで見守っていました。共観福音書に基づくならば、十字架のそばで、一部始終を目撃し、証言したのはこのシモンなのではないか。つまり、シモンの証言が無ければ、十字架の出来事が福音書に書き残されることもなかった。とんだ災難にあったシモンが、ゴルゴタの丘にとどまったことによって、実に大切な役割を果たすことになったのです。
 この後、シモンは、しばしば初代教会の仲間に語ったことでしょう。「実は、私は十字架を背負いながら、なぜ自分がこんなめにあわなければならないのだと自分の前を行くイエス様を心の中でののしっていたのです。でも、イエス様は、こんな私のためにも、十字架で死なれたのです。」
<恵み>
苦難や災いを、神の御心、恵みであると軽々しく言うべきではありません。どのような出来事であれ、そのことによって、それ以外では与えられることのなかった神との交わりに導き入れられる経験をしたときに、初めて「恵み」だったと言うことができるのです。「およそ鍛錬というものは、当座は喜ばしいものではなく、悲しいものと思われるのですが、後になるとそれで鍛え上げられた人々に、義という平和に満ちた実を結ばせるのです」(ヘブライ12:11)。シモンにとって、十字架は、喜ばしいものではありませんでした。しかし、後に、この囚人がどなたなのかを知ったときに、それが実は恵みだったことが分かったのです。
 とんだ災難に遭い、何の意味も見いだせずに苦しんでいるとき、これも神の御手の中で起こっているのだということを忘れないでいましょう。そうすれば、嘆き悲しみつつも、その自分をそのまま神様にお委ねすることができるようになります。痛みや苦しみのある現実をそのまま受け止めるのです。そしてシモンと共に、「神様は良いお方だ。決して、私たちをただ苦しませるようなことはなさらない」と宣言するのです。

前   奏   -罪なき小羊- J.パッヘルベル
招   詞   イザヤ書53章5節(下記)
賛   美   300(1,2) 十字架のもとに
主の祈り  
聖   書   マタイによる福音書27章32-44節(新約p.57)
祈   祷
黙   想
説   教   「とんだ災難が恵みに」       小野 慈美 牧師
祈   祷
賛   美   303(1,3) 丘の上の主の十字架
献   金    (※礼拝献金は、口座への送金でお捧げください)
感謝祈祷
賛   美   25 父・子・聖霊に
祝   祷                     小野 慈美 牧師
後   奏 
分かち合い
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「彼が刺し貫かれたのは/わたしたちの背きのためであり
彼が打ち砕かれたのは/わたしたちの咎のためであった。
彼の受けた懲らしめによって/わたしたちに平和が与えられ
彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。」(イザヤ53:5)


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