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礼拝Worship

  メッセージ > 先週までの礼拝 > 2022年8月14日

先週の礼拝


8月14日(日)10時30分より
メッセージ:「まことのおもてなし」
聖書:ルカによる福音書 10章38-42節
説教者:東間克美師

※どなたでも視聴できます。

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◆今日の箇所で、まず前提として捉えておくべき大切なことは、主イエスはマリアを称賛して、マルタを非難したのではない、ということです。この前提に立ってまず姉のマルタについて考えてみましょう。主イエスのためにマルタは喜んで「おもてなし」をしました。せわしく働き、一生懸命ご馳走を作っていたマルタですが、ふと振り返ると、妹のマリアは主イエスの話に聞き入っていて一向に手伝おうとしません。『主よ、わたしの姉妹はわたしだけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください』(40)。マルタは美味しい料理で主イエスをもてなそうとする、その思いは立派なものでした。しかし、その「おもてなしの心」に余計なものが入り込んで来ました。この時のマルタは、マリアに対する不平・不満、怒りが心を支配していました。このようなマルタに主イエスは言われます。『マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである』(41・42)。『必要なことはただ一つだけ』というのは、唯一絶対のものがあって、他のものは必要ないということではなく、他にも必要なことはある。しかし最優先するものは「ただ一つである」ということです。その「ただ一つのこと」とは、神の国の福音としてのご自身の言葉を聴くことなのです。
◆次に妹のマリアについて考えてみましょう。『マリアは主の足もとに座って、その話に聞き入っていた』(39)。このようなマリアに対して主イエスは『マリアは良い方を選んだ』(42)と言われました。この言葉は2つの選択肢の中でマリアは正解を選び、マルタは残念ながら不正解であったということではありません。『良い方』の『方』と訳されている言葉は元来、食事の一皿を表す言葉で、ここでは「沢山の料理は要らない。ただ一つの料理でいい」ということを表しているのです。
◆私たちの心にも「マルタ性」と「マリア性」という2つの性質、2つの面が内在しています。まず「マルタ性」ですが、マルタは主イエスを心からもてなそうとした、それ自体は素晴らしい奉仕です。しかし、そのような奉仕への意気込みが、マルタを1つの誤りへと導いてしまったのです。それは、マルタは自らの「もてなしの支配」の中に主イエスを取り込もうとした、ということです。一方主イエスは、ご自身が与える恵みの支配、神の国の福音の世界へと招き入れようとされたのです。従いまして、何よりもまず主の御言葉を聴くことが重要なのです。
◆次に「マリア性」ですが、マリアが主イエスにした「おもてなし」、それは御言葉を聴くということでした。私たちに置き換えるならば、日々のデボーションと、主日礼拝厳守、と言うことが出来ると思います。礼拝こそ主イエスに対する私たちの最高の奉仕であり、最優先されなければならないことなのです。主イエスに対する私たちの「おもてなし・奉仕」は、主に喜んでいただくことが目的です。そのためには主の御言葉を第一とすることです。主イエスに対するマルタの「おもてなし」。それ自体は素晴らしかったのですが、しかしマルタの心は忙しさのあまり、途中で主イエスを見失ってしまったのです。ここで大切なことは、私たちがマリアのように、主の御言葉に聴くことを最優先としているならば、この「マルタ性」が輝いてくるということです。その時、マルタのような奉仕が1つとして無駄になることなく、神の恵みとしての生きた奉仕となるのです。マルタは美味しい料理を沢山作り、大皿に盛って「おもてなし」をしました。一方マリアは、心の中にある一枚の、何も盛られていない空のお皿を主イエスに差し出して、そこに主の言葉を一杯に盛り付けたのです。このことこそ、マリアの主イエスに対する「おもてなし」でした。
◆私たちはまず「マリア性」に生きること、すなわち御言葉に聴くことです。御言葉に根付いていない奉仕は、することだけが目的となってしまいます。つまり「マルタ性」が輝かないのです。これに対して御言葉に根差した奉仕は、私たちの心を喜びと感謝で満たします。その結果、神の恵みとしての生きた奉仕となるのです。主は言われます。『あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし必要なことはただ一つだけである』。主の言葉に聴き従う。このことこそ主イエスに対する「まことのおもてなし」なのです。

前   奏   ― くる朝ごとに ―     F.ペータース  
招   詞   詩編37編5節(聖書協会共同訳、下記)
賛   美   讃美歌21-206(1,2,4) 七日の旅路
主の祈り   
聖   書   ルカによる福音書10章38-42節 (新約p.127)
祈   祷
黙   想
説   教   「まことのおもてなし」     東間克美師
祈   祷 
賛   美   讃美歌21-402 いともとうとき
献   金   (※礼拝献金は、退場の際に、また口座への送金でお捧げください)
感謝祈祷
賛   美   讃美歌21-24 たたえよ、主の民
祝   祷                   東間克美師
後   奏 
分かち合い

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あなたの道を主に任せよ。/主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。 (聖書協会共同訳、詩編37:5)



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