11月23日(日)10時30分~11時30分
メッセージ:「主は聖霊によりて宿り」
聖書:ヨハネによる福音書1章1-5,14節
説教者:小野慈美牧師
※どなたでも視聴できます。
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<1初めに言があった。2この言は、初めに神と共にあった>
ここでは、「言葉」ではなく「言(ことば)」という一文字が使われています。元のギリシャ語は「ロゴス」で、「論理」、「意味」、そして「神のご意思そのもの」を意味します。創世記の冒頭で、神が「光あれ」という「言」を発したとき、光が存在しました。神の「言」には、無から有を生み出す創造の力があります。ヨハネ福音書は、この「言」こそ、キリストに他ならないと宣言するのです。そして、この「言」であるお方が、神であることを捨てて、この世界に来られたのです。
<14言は肉となって、私たちの間に宿った>
永遠の神の(言)が、限界ある人間(肉)となる。これは、人間の生物学的な営み、男女の交わりによって成し遂げられることではありません。そこで、神の霊、創造の息吹である「聖霊」がマリアという一人の女性の上に働かれました。「宿った」という言葉は、ギリシャ語で「幕屋(テント)を張った」という意味です。イエス・キリストは、天の宮殿を捨てて、私たちの生活のただ中、苦しみの多いこの地上に、テントを張って引っ越して来られたのです。神は私たちの隣人となられました。
<「聖霊によりて宿り」=まことの神・まことの人>
使徒信条の「聖霊によりて宿り」には、極めて重要な意味があります。それは、イエス・キリストが、まことの神・まことの人であるということです。もし、イエス様が聖霊によらず、人間としてだけで生まれたなら、彼はただの「立派な人」であり、私たちを救う力を持たないでしょう。逆に、もしマリアから生まれたのではなく、いきなり天から大人の姿で降りてきたなら、彼は私たちの痛みを知らない超人的な神のままであり、私たちの罪の身代わりにはなれません。神であり、人である。この二つが揃って初めて、主イエスは「私たちの罪を背負うことができる人間」であり、かつ「死に勝利することができる神」であるという、唯一無二の救い主となられたのです。
<独り子の栄光>
14私たちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。イエス・キリストのどこに栄光を見るのでしょうか。「肉」という言葉には、私たちの弱さ、もろさ、壊れやすさ、そして死すべき運命といった現実がすべて含まれています。神は、輝かしい王の姿や、超人的なヒーローの姿ではなく、お腹が空き、疲れ、悲しむときには涙を流し、傷つき、死んでいくという、私たちと全く同じ「肉」の姿を選ばれました。なぜでしょうか。 それは、私たちの「肉」の痛み、弱さ、悲しみの「ただ中」にまで降りてきて、私たちと完全に出会うためでした。
<共に生きてくださるために>
人間にはさまざまな苦しみがあります。それらの苦しみに共通しているのは、ひとりぼっちだと感じることではないでしょうか。裏返して言えば、現実のさまざまな苦しみがあっても、自分を大切にしてくれている誰かが一緒にいてくれれば、人は苦しみに耐えられる。そして、人は、自分が分かってもらえたと感じた時に、自分が大切にされていると感じられます。神の言であるキリストは、人間を深く理解し、共に生きてくださるために、人となられたのです。
神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。ヨハネ3:16 「独り子をお与えなったほど」とは、イエス様をこの世に誕生させてくださったことだけではありません。その独り子を十字架にお渡しになった、つまり独り子の命をお与えになるほど、世を愛されたということをも意味します。なぜなら、私たちは神様に愛されるにふさわしくないからです。しかし、そのような私たちが絶望しないでよいように、滅びないように、独りぼっちにならないで神さまとの交わりの中で生きることができるようにしてくださったのです。神は、遠くにおられるのではありません。イエス・キリストにおいて、神はあなたの隣に「幕屋を張って」おられます。
前 奏 - 来たれ全能の主 - Felice de Giardini
招 詞 創世記1章1-3節(下記 聖書協会共同訳)
賛 美 讃美歌21-352 来たれ全能の主
主の祈り
賛 美 - 神の御座 - ブルックナー 聖歌隊
聖 書 ヨハネによる福音書1章1-5,14節 (聖書協会共同訳)
祈 祷
賛 美 讃美歌21-424 美しい大地は(1,2,4)
黙 想
説 教 「主は聖霊によりて宿り」 小野慈美牧師
祈 祷
賛 美 讃美歌21-280 馬槽のなかに(1,2,4)
献 金
感謝祈祷
賛 美 2025年主題賛美歌
祝 福 小野慈美牧師
後 奏
分かち合い
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初めに神は天と地を創造された。地は混沌として、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。「光あれ。」すると光があった。
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