主日礼拝
5月3日(日) 午前10時30分より
説 教:「恵みの戒め」
聖 書:出エジプト記20章1-17節
説教者:小野慈美牧師
出エジプト記20章には十の戒めが出てきます。1−4戒は神に対するもの、5−10戒は人間に対するものです。一般的に「戒め」というと、人間を縛り不自由にするものという印象があります。しかし、「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である」という前文(2節)が十戒の性格を決定づけています。主なる神によってエジプトの奴隷状態から解放されたあなたがたは、「わたしの民として、当然このように生きるだろう、生きて欲しいのだ」というのが十戒全体のニュアンスです。十戒とは、神のイスラエルに対する愛、そして、その神に対するイスラエルの民の愛の契約なのです。この契約を神の側と人間の側からそれぞれ見てみましょう。
1)神の側から:5節の「熱情の神」は、口語訳では「ねたむ神」と訳されています。ですから、「あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない」(3節)という第一戒は、決して民を強制的に縛ろうとするものではなく、「わたしはあなたがたを愛してエジプトから導き出した。これからもあなたの神としてあなたを導く。その愛を知った民として他の神を拝むなどということはしないだろう」という、愛の呼びかけです。そして、愛は、相手からの無応答を悲しむのです。
2)人間の側から:イスラエルの民がこの十戒を与えられたのは、エジプトを出てから3ヶ月目のことでした。この後彼らは40年間荒野を旅することになります。つまり、らくちんな生活を保証されたわけではなかったのです。しかし、何にもまして大きな恵みを与えられました。それは、何事が起ころうとも自分たちは神から特別の愛で愛されている者なのだという安心と誇りでした。存在するのかしないのかわからない神なのではなくて、エジプトから導き出してくださった生ける神様がわたしたちと共におられるのだから、もう、よそみをするのはやめよう。たたりや罰をおそれて、あっちの神こっちの神に義理立てすることもない。この神様に信頼していこう。それが3節の言葉に対する人間の応答です。この後、民は失敗もするのですが、そのたびにこの原点に立ち返らされていくのです。
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前 奏 − まごころもて 讃めたたえ − J.S.バッハ
招 詞 詩編 第30編5−6節
賛 美 21−6
主の祈り
交 読 文 交読詩編 第32編
賛 美 21−347(1,3,5節)
分かち合い
賛 美 − ギレアデの薬草 − 聖 歌 隊
聖 書 出エジプト記 第20章1−17節 (新共同訳旧約 126頁)
祈 祷
黙 想 − 神よ、我らを恵みたまえ − J.C.バッハ
説 教 「恵みの戒め」 小野 慈美 牧師
祈 祷
賛 美 21−91
献 金
感謝祈祷
聖 餐 式 賛 美 21−82
聖書朗読と感謝祈祷
配 餐
賛 美 21−346(アーメン)
祝 祷 小野 慈美 牧師
後 奏
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