主日礼拝・聖餐式
9月6日(日) 午前10時30分より
説 教:「分け隔てをしない神」
聖 書:使徒言行録10章34-48節
説教者:小野慈美牧師
初代教会は、当初、キリスト教という宗教を始めようとしたわけではありませんでした。あくまでも仲間のユダヤ人に対して、(旧約)聖書で預言されていた救い主はナザレのイエスなのだということを伝えようとしたのです。したがって、伝道対象は、(旧約)聖書を知っている同胞のユダヤ人であり、異邦人(非ユダヤ人)は念頭にありませんでした。一番弟子のペテロもそのように考えていました。
そのペテロに幻が与えられました。四隅をつるした「大きな布のような入れ物」が、天から降りてきた。中には、ユダヤ人が食べてはいけない動物や鳥が入っていて、「食べなさい」という声が聞こえた。ペテロは、ユダヤ人として「(宗教的に)清くないもの、汚れたものは食べたことがありません」と答えた。それに対し、「神が清めた物を、清くないなどと、あなたは言ってはならない」という声が聞こえた。これが3回繰り返されたので、この幻は何なのだろうと思いめぐらしました。
そのとき、異邦人でローマの百人隊長コルネリウスの使いが、ペトロを訪ねてきました。聖霊がペテロに告げました。「ためらわないで一緒に出発しなさい。わたしがあの者たちをよこしたのだ。」そこで、ペテロはコルネリウスの家に向かいます。それまで、ペテロは、神はユダヤ人を特別な民として選び恵みを与えられると信じており、異邦人、すなわち、ユダヤ人以外の民は、その恵みに預かれないと考えていました。しかし、コルネリウスと出会い、幻の意味を悟りました。「神は人を分け隔てなさらないことが、よく分かりました。」神は、無条件で私たちに交わりの手を差し出してくださっていることを信じる人は、ユダヤ人であれ、異邦人であれ、神に受け入れられるのです。
わたしたちもまた、日本人であるまま、神の恵みに招き入れられています。わたしたちが信仰を与えられたのは、わたしたちに何か優れているものがあるからではなく、まさに「分け隔てのない神の愛」によります。この神の愛を受けた者として、隣人のための執り成し手となっていきましょう。
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前 奏 − ただ神のみ旨に従う者は − J.S.バッハ
招 詞 ミカ書 第6章8節
賛 美 21−83
主の祈り
交 読 文 交読詩編 第98編
賛 美 21−516
分かち合い
賛 美 − 主の招く声が − 聖 歌 隊
聖 書 使徒言行録 第10章34−48節 (新共同訳新約 233頁)
祈 祷
黙 想 − 神のみわざはまたく尊し − J.G.ワルター
説 教 「分け隔てをしない神」 小野 慈美 牧師
祈 祷
賛 美 21−405
献 金
感謝祈祷
聖 餐 式 賛 美 21−82
聖書朗読と感謝祈祷
賛 美 21−92
祝 祷 小野 慈美 牧師
後 奏
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