年
主日礼拝
9月29日 午前10時30分より
メッセージ:「二人称の神」
聖書:申命記5章6節‐21節
説教者:小野慈美牧師
申命記は、時代設定としては今から3300年ほど前であり、文書としてまとめられたのは2千数百年前の古文書です。しかし、その古文書がいつの時代にも新しく、今の私たちにとっても重要なのです。
「申命記」という書名は漢語訳聖書から来ており、「再び命じる」という意味です。イスラエルの民がエジプトを出て40年間荒野の旅をし第一世代がいなくなり、約束の土地へ入るに際して、神が新しい世代に向けて、戒めを再び語り直したのです。申命記5章は、出エジプト記20章の十戒とほぼ同じ内容です。そして十戒の性格が前文で再び確認されます。「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である」(6)。つまり、イスラエルの神は、一般的な「神」ではなく、あなたと特別の関係にある神だということです。特別の関係性は以下の点に示されています。
(1)「主」という固有名詞を持つ神。「神」と訳されているヘブライ語の「エローヒーム」は一般名詞の神ですが、「主」と訳されているのは、ヘブライ語では「ヤハウェ」で、イスラエルの神のお名前、固有名詞です。
(2)契約を新たに結ぶ。「先祖と…ではなく、今ここに生きている我々」(3)が契約の当事者なのです。
(3)ヤハウェと民は、互いに二人称で呼び合う特別の親しい関係。(「顔と顔を合わせて」(4)」)
私たちは、二人称の生ける神の前に立ちます。そこでは、一般論として、「神は」、「彼は」と三人称の神についての思索をするのではありません。生ける神の前に出て、神に相対し、二人称の神として「あなた」と呼ぶのです。神もまた、私たちに「あなた」と呼びかけてくださるのです。
主なる神は、私たちと二人称の関わりを持ちたいと願っておられます。私たちの名を呼んで、気にかけてくださっています。私たちは、神様を寂しがらせてはいないでしょうか。イエス・キリストの父なる神に失礼なことをしてはいないでしょうか。私たちに、絶えず「あなた」と呼びかけてくださっている神の前を無関心に素通りし、三人称の神にしてしまってはいないでしょうか。
聖書の言葉を古文書としてではなく、二人称の神からの語り掛けとして聞くことを神は求めておられます。祈りが、真実に耳を傾けて聞いていてくださるお方への語り掛けであることを知るならば、祈りは単なる独白ではなくなります。大胆に、「顔と顔を合わせ」るようにして祈りましょう。
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前 奏 - イエスはわが喜び - J.S.バッハ
招 詞 イザヤ書 第41章10節
賛 美 351 聖なる聖なる
主の祈り
交 読 文 交読詩編 第5編1-13節
賛 美 - 飼い主わが主は - H.R.Shelly ジュニア聖歌隊
分かち合い
賛 美 495 しずけき祈りの
聖 書 申命記 第5章6-21節 (新共同訳旧約 289頁)
祈 祷
黙 想
説 教 「二人称の神」 小野 慈美 牧師
祈 祷
賛 美 すべてのことが
献 金
感謝祈祷
賛 美 28 み栄あれや
祝 祷 小野 慈美 牧師
後 奏
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