12月22日 午前10時30分より
主日礼拝(クリスマス)
メッセージ:「本当だった」
聖書:ルカによる福音書2章8節-20節
説教者:小野慈美牧師
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旧約では、羊飼いは良いイメージですが、主イエスの時代の羊飼いの現実は、とても厳しいものでした。仕事はきつく、貧しく、社会からも尊重されませんでした。そればかりか、彼らは、神様から「お前たちはだめ人間だ」と思われているに違いないと感じさせられていたのです。
このような精神的環境は、今の日本をも覆っています。能力や生産性の高い人間が価値があり、そうでない人間は、価値がないかのように見られがちです。こういう社会は、高い評価を得ている人間にとっても幸いな社会ではありません。なぜなら、その地位から落ちられないというプレッシャーが絶えずあるからです。この優越感と劣等感のサイクルから解放されて、深い喜びを知るために、羊飼いの経験を知りたいと思います。
劣等感を持たされており、優越感を持てるチャンスすらなかった彼らに天使が告げたのです。「11 今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。12 あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」
彼らはベツレヘムに向かい、「乳飲み子を探し当て」(16)ました。20節の「見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだった」は、原文では、「聞いたこと、そして、見たことが、すべて告げられたとおりだった」となっています。①聞いた(10-12)。天使から聞いたことを信頼して行動に移した。その結果、②見た(16)、つまり分かったのです。「馬小屋なら入って行ける。このお方が救い主ならば、おれたちだって救われる」と。
その後、彼らが、帰って行ったのは、同じ野原です。なぜ、「神をあがめ、賛美しながら帰って行」(20)くことができたのか。それは、「あの、野原にも、神は愛のまなざしを注いでいてくださる。この仕事を、神は重んじていてくださり、『お前はだめだ』とはおっしゃらない。」そのことに気付いたからです。
きょうの午後、みなさんが帰るのは、けさ出てきたところと同じです。でも、そこが天使が賛美し、神の言葉が届けられるところなのです。過去を嘆くのではなく、現在をはかなむのではなく、今ここに神様の愛が注がれている。わたしの人生が神さまに重んじられている。そのような思いを持って自分の現実を見ると、小さな、しかし、確かな「しるし」を見いだすのです。華やかな、日の当たるものばかりを探していると、「しるし」は見つからない。じっと、魂の目を凝らしてみよう。思い描いていた人生とは違うかもしれないけれど、思いがけないところに「しるし」、すなわち、「飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子」を見いだすことができます。
前 奏 - この子のいのちを(フランスのノエルより) - J.F.ダンドリュー
招 詞 イザヤ書 第60章1-2節
賛 美 260 いざ歌え、いざ祝え
主の祈り
交 読 文 交読詩編 第96編
賛 美 ルカ2:8-14 メサイアNo.14,15,16 ソプラノ叙唱
メサイヤNo.17-天には栄光、神にあれ(Glory to God)- 聖 歌 隊
教会の信仰告白
分かち合い
賛 美 258(1,2,5節) まきびとひつじを
聖 書 ルカによる福音書 第2章8-20節 (新共同訳新約 103頁)
祈 祷
黙 想
説 教 「本当だった」 小野 慈美 牧師
祈 祷
賛 美 263 あら野のはてに
献 金
感謝祈祷
賛 美 きよらに星すむ今宵(1,3節)
祝 祷 小野 慈美 牧師
後 奏
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