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礼拝Worship

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2022/3/6の礼拝

3月6日(日)10時30分より
受難節第一主日礼拝
メッセージ:「罪人こそが招かれている」
聖書:マルコによる福音書2章13-17節
説教者:小野慈美牧師

※どなたでも視聴できます。

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Ⅰ) レビへの招き
「レビ」は、マタイ福音書では「マタイ」となっていて、同一人物と考えられています。彼は、収税所で働いていました。収税所は、主要道路にある税関で、商取引をする者たちから、通行税や物品税を徴収していました。税額は徴税人たちに委ねられており、本来の金額に上乗せして徴収することが慣例でした。そのため、人々から忌み嫌われ、宗教的指導者たちからは宗教的に汚れているという意味で「罪人」と呼ばれていました。レビは、裕福ではあっても、おそらく自分の仕事に誇りを持てないでいたし、「罪人」ゆえに、人間関係も限られていたでしょう。このままでいいのか、もやもやしたものを抱えていたかもしれません。
そのレビが「収税所に座っているのを」イエスが「見かけて」「わたしに従いなさい」と声をかけました。レビは既にイエスという人物の事を見聞きしていたでしょう。だから、「私に従いなさい」と呼ばれたとき、彼は内心では戸惑ったかもしれない。「えっ?私ですか。イエス様、私はあなたの弟子になる資格なんかありません。」しかし、イエスの言葉に力があって、気が付いたら、立ち上がっていたのでしょう。レビの性格がその瞬間良くなったわけではない。弟子となってからも「元(もと)徴税人」の経歴の故に劣等感に陥ることもあったかもしれない。しかし、「イエス様が何もかも承知で、私に目を留め、招いてくださったのだから、自分は自分なりに従っていこう」と決断したのです。
Ⅱ) レビの家での食事
よほどうれしかったのでしょう。レビはイエスと弟子たち、そして、徴税人や罪人たちを大勢食事に招きました。「みんな、私の新しい主人を紹介しよう。ナザレのイエスというお方だ。きょうから私はこの方の弟子になる。」それを見たファリサイ派の律法学者が弟子たちに言いました。「なぜあなたたちの先生はあんな連中と一緒に食事をするのか」。彼らの考えでは、イエスは自分たちと同じ「教師」で、罪人の範疇には入らない。それなのに、どうして、あんな連中の仲間になるのかというのです。
Ⅲ) 罪人こそが招かれている
それに対し、イエスは答えました。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。」マタイ福音書では、この言葉の後に、旧約の預言者ホセアの言葉(ホセア6:6)を引用し『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、行って学びなさい」という言葉が追加されています。その趣旨は「ホセアもこう言っているだろう。あなたたちは、神の御心を勘違いしている。一生懸命宗教的儀式(「いけにえ」)を行っても、隣人に対して憐れみ深くないのであれば、その行為は何の意味もない。確かにこの人たちは宗教的な失格者かもしれない。でも神は、このような人々をも愛しておられるのだ。神の憐れみを必要としない人間などいない。神の前ではすべての人間が病人だ。だから、すべての人が招かれている。罪人は排除されるのではなく、罪人こそが招かれているのだ。ところが、あなたがたは、「自分たちは丈夫で、医者など必要ない」と思っている。自分が正しいと思っている人は、自分が癒される必要を感じず、むしろ、他の病人を裁き、彼らが神に近づくことを妨げている。神が一番大切にしていることが何か学びなさい」ということです。
Ⅳ) 新しくされた罪人
「だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である」(口語訳Ⅱコリント5:17)。「元徴税人」は、キリストに招かれ、罪赦され、新しくされました。周りや社会が、また古い自分が、何と言おうとも、このお方と共に生きていくのです。


前   奏   - 愛するイェス -   C.H.リンク
招   詞   詩編94編17-19節(下記)
賛   美   299 うつりゆく世にも
主の祈り  
聖   書   マルコによる福音書2章13-17節 (新約p.64)
祈   祷
黙   想
説   教   「罪人こそが招かれている」     小野慈美 牧師
祈   祷
賛   美   512(1,3,4) 主よ、献げます
献   金   (※礼拝献金は、退場の際に、また口座への送金でお捧げください)
感謝祈祷
賛   美   24 たたえよ、主の民
祝   祷                     小野慈美 牧師
後   奏 
分かち合い

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17主がわたしの助けとなってくださらなければ/わたしの魂は沈黙の中に伏していたでしょう。18「足がよろめく」とわたしが言ったとき/主よ、あなたの慈しみが支えてくれました。19わたしの胸が思い煩いに占められたとき/あなたの慰めが/わたしの魂の楽しみとなりました。(詩編94:17-19)


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