4月7日(日)10時30分より
メッセージ:「イエスの『どこでもドア』」
聖書:ヨハネによる福音書20章19-23節
説教者:小野慈美牧師
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<裏切りの赦し>
そこへイエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた(19)。
締め切った部屋に突然主イエスが現れたので、弟子たちは、驚き恐れたでしょう。自分たちが裏切った主から、何と言われるのだろう。そのとき主イエスが言われたのは「あなたがたに平和があるように」でした。「私は怒りや恨みのためではなく、あなたがたに平和を与えるために来たのだ。」そう言って、手とわき腹とをお見せになった(20)。十字架で死んだ同じ主イエスであることを示しています。弟子たちは主を見て喜んだ(20)。たぶん主イエスの目を見て喜んだ。その目は、慈しみに満ちた赦しの目でした。彼らの喜びは、単なる再会の喜びではなく、罪が赦され、恐れが取り除かれた喜びでした。
私たちも主イエスを裏切るようなことをしてしまいます。キリスト者にならなければ、主イエスを裏切るという気持にならないで済んだのにと、他の人なら苦しまなくてもよいようなことで苦しむことがあります。自分を責める気持ちが、イエス様を、神様を責める気持ちにさえなっていく。このような心の中に主イエスに来てほしくない。
また、自分はキリスト者として、恥ずかしい生き方をしている。今のままでは、イエス様に来ていただくにはふさわしくないと感じて、「心の部屋」に鍵をかけている。主は、このような心の部屋にも、いいえ、その部屋にこそ、「どこでもドア」で入ってこられます。安心しなさい、私はあなたを見捨てないと。
<赦しの福音の使者としての派遣>
主イエスは、あなたがたを遣わす(21)、赦しの福音を携えて行きなさいと言われます。それは聖霊(22)の力によって可能となります。さらに主は言われました。だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る(23)。あなたがたとは教会です。しかし、自分こそが赦されねばならない者だということを忘れると、23節を誤解します。つまり、上から見下ろすようにして、赦してやるというのではないのです。私たちがまず、赦しの福音を聞き、赦された者として福音を人々に分かち合うのです。ただ、結果として、福音を受け入れる人と、そうでない人が出てきます。赦されないまま残るとは、本当は、主イエスの十字架によって、すべての人の罪は赦されているのに、それを知らずに、あるいは、受け入れないために、赦されない罪としてかかえ続けることになるということでしょう。
<憎しみからの解放>
(罪が)赦されないまま残るということには、相手の罪が残るというだけでなく、あなたがた自身の心の中に、赦さない状態が残るという側面もあると思います。誰かの罪の結果生じた憎しみや恨みが、あなたの中に残る。その誰かは、親、きょうだい、親戚、友人、教師かもしれない。そして、その相手はもはや地上にはいないかもしれないのに、憎しみや恨みが残ることがある。「赦すことができません。憎しみが消えません。ここは見ないでください」。そのように、心に鍵をかけ閉じこもっている私たちのところにも主は入ってこられる。そして、主はこう言われます。「あなたが受けた痛みを水に流せというのではない。あなたの怒りや苦しみは当然だ。しかし、誰かがあなたに対して犯した罪のために、あなたがいつまでも苦しみ続けることはとても残念なことだ。だから、あなたの『怒る権利、憎む権利』を私に預けてくれないか。それが『赦す』ということだ。赦せないという思いから解放されて欲しいのだ。」
心の中のさらに奥の部屋。何重にも鍵をかけた部屋。絶対に赦せるものかというその部屋にも主は、「どこでもドア」から、入ってきてくださいます。「さあ、怒りと憎しみを私に預けなさい。代わりにあなたに平和をあげよう。」
前 奏 -われらの救い主なる主イエスキリストは復活されました- J.S.バッハ
招 詞 使徒言行録2章32、36節(下記)
賛 美 讃美歌21-206 七日の旅路
主の祈り (「讃美歌21」 93-5-B 日本キリスト教協議会統一訳)
賛 美 - 目覚めよ、歌えよ - 聖歌隊
聖 書 ヨハネによる福音書20章19-23節 (新約p.210)
祈 祷
黙 想
説 教 「イエスの『どこでもドア』」 小野慈美牧師
祈 祷
賛 美 讃美歌21-329 目覚めよ、歌えよ(1,2,3,5)
献 金
感謝祈祷
聖 餐 式 (「教会の約束」を唱和 )
賛 美 2024年主題賛美歌 作曲:鈴木敦子
祝 祷 小野慈美牧師
後 奏
分かち合い
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32 神はこのイエスを復活させられたのです。わたしたちは皆、そのことの証人です。・・・36 だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです。」(使徒2:32,36)
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