8月4日(日)10時30分より
役員会担当礼拝
メッセージ:「既に」(すでに)
聖書:ヨハネによる福音書16章33節
説教者:黒坂朋行
※どなたでも視聴できます。
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わたしは既に世に勝っている。
ヨハネによる福音書の13章から17章は、最後の晩餐からイエスさまの自身の十字架のお話、そして聖霊の話へと続いていきます。
13章1節「イエスは、この世から父のもとへ移るご自分の時がきたことを悟り」と書かれています。そして、お弟子さんたちの足を洗ってくださいました。これがお弟子さんたちとの最後の食事になると悟り、お弟子さんたちを慈しみ、その足を洗うことを通して人に仕えることを教えられました。
イエスさまについてきたお弟子さんたちは、このエルサレムで、イエスさまが王様になって築かれるはずの王国に期待していました。 しかし、イエスさまは自分が死んだ後に、私のかわりに聖霊が来て導いてくださると言います。当時の弟子たちにとっては、驚きと不安しかなかったと思います。
今日は16章の最後にある「わたしは既に世に勝っている。」というみことばに聞いていきましょう。
「わたしは」→主イエス・キリスト。三位一体の神。神様・イエス・キリストそして聖霊を表します。
「既に」→とっくの前に、という意味ですが、イエスさまによる救いは十字架の救いがあって初めて完成したのでは?
「世に」→この世界。私たちの生きている世界。(命の限りある世界)
「勝っている」→何に勝っているのか。「この世に」勝っている。ということは、「命の限りある世界」に勝っている。人間が抱えている最大の悲しみである「死」に勝っているということ。 死に勝っているとは、神様と共に生きること。
「ではなぜ」なのか→イエス様は十字架の死を知っていました。そして、死のあと、復活し既に聖霊(つまり弁護者・教えてくれる助け手)が来て本当の救いが成就することも、イエス様は知っていた。
「既に」。この言葉の中に、ある意味、この聖書全体の意味が込められていると感じています。
時間も空間も超えて、三位一体の一つであるイエス様は私たちの救いを預言し、ご自身の十字架の死をもって私たちを最大の悲しみから救ってくださったのです。
「既に」神様の救いが完成しているこの世界、この時に私たちは生かされていますが、何故、イエスさまは命をかけて十字架による救いを全うしてくださったのか。
それは神様が私たちをどれほど愛しているか、知ってほしい、わかってほしいと強く思っているからです。でも神様を受け入れて信じなければ、自分のそばにある、大きな川のような神様の愛を受けることができない。「ただ信ぜよ」と語ってくださる神様の愛がすぐそばにあります。その神様の大きな川のような限りのない愛を、私たちに与えたいと待っていてくださっているのです。
※
前 奏 - I love to tell the story - Satkz
招 詞 ローマの信徒への手紙 14章8節(下記)
賛 美 聖歌525 語りつげばや
主の祈り (「讃美歌21」 93-5-B 日本キリスト教協議会統一訳)
聖 書 ヨハネによる福音書16章33節 (新約p.201)
祈 祷
黙 想
説 教 「既に」(すでに) 黒坂朋行
祈 祷
賛 美 新聖歌431主と
献 金
感謝祈祷
聖 餐 式 (「教会の約束」を唱和 )
賛 美 2024年主題賛美歌 作曲:鈴木敦子
祝 祷 小野慈美牧師
後 奏
分かち合い
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わたしたちは、生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死ぬのです。 従って、生きるにしても、死ぬにしても、わたしたちは主のものです。(ローマ14:8)
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